FC2ブログ

2014-08-12

クリエイティビティとポピュラリティ

以前、お世話になっているTSUTAYA様で宇多田ヒカルの商品コーナーに、アーティスト紹介のポップがおかれていていたのだが、そこにはこう記されていた。

「クリエイティビティとポピュラリティの奇跡の融合」

余計な説明などなくてもよい。その時の私は、まさにこの一言に強い説得力を感じ、その場にしばらく立ち尽くしてしまった。宇多田ヒカルは15歳で彗星のごとくデビューし、数々のヒット曲を生み出して来たシンガーソングライターであり、私は小学校の時からの彼女のファンであるのだが、私が長年憧れて来た、そして多くの人を虜にしてきた彼女の不思議な魅力が、この言葉に凝縮されているような気がした。

ここで、音楽を創作する立場の人間として、「アーティスト」というのは、また「プロフェッショナル」というのは、どうゆうことだろう。私が思うに、この二つは共通する部分はあるが、全てが重なっている同義語ではないということだ。

ここからは、あくまで私の主観的な意見であり、今現時点での考えていることであるということを先に頭に入れておいていただきたい。
アーティストというのは、大まかにいえばクリエイティビティ、つまり音楽を芸術=表現のツールとして、それまでになかった新しい技法を模索したり、鑑賞者に何かを想起させたり、内なる何かを引き出す力のあるもの、またそうした目的で音楽を創作する人ではないか。アーティストが生み出すものは、必ずしも大衆的ではないかもしれないが、確実に特定の誰かや音楽に精通しているマニアックな人々を唸らせるような価値をもったものである。

そしてもう一つのプロというのは、私の中でも定義が難しいと感じている。「ポピュラリティ=大衆的」という面もあると思うが、いってしまえば一種の「職人」ではないかと思うのだ。それは必ずしも音楽の作品において、自分のやりたいことや表現したいことを最も重視するのではなく、その時代の人々が何を求めているか、またはある特定のターゲットが欲しているものは何か、はたまた長い間愛されるようなものを作るにはどうしたらいいか、というのを考えている人ではないか。それは自分の中での自我と向き合う作業とは違い、常に周りが求めているものにアンテナを張り、何が求められているかをキャッチするとともに、そこに適合するようなものを作る、つまり世の中の注文にあわせて緻密な計算をしていく職人的な作業だと思うのだ。

私は音楽を志す色々な人を見ていて最近思うのは、それぞれの音楽の志向が「自分のためにとどまっている」ような人が多いと感じる。そうゆう人は、悪い言い方をすれば、「アーティスト気取り」なのではと思う。自分の経験に基づいた曲を歌ったり、人前でライブに出るのはいいのだが、その人のやっているものを聴いたり観たりしている立場としては、「この人は何のために、誰のために音楽をやっているのだろう?」と思う人がいる。アーティストにしても、プロフェッショナルにしても、本当に本物の人であれば、そこには必ず「他者」が存在し、自分の経験や感情を元にした曲をやるにしても、カバー曲をやるにしても、独りよがりではなく、自己満足ではなく、「他人に対する志向」というのが存在すると思うのだ。

前に定義によるアーティストでも本物のアーティストであれば、一見自分の世界にこもっているように見えるが、彼らの作品は彼らの中にあるものの表現のツールであり、それは多くの先人達の音楽をふまえた上でありきたりなものにならないよう、そこに挑戦していくことであり、また創作する作品の意図がしっかりあって、そのしっかりした土台の上にたつクリエイティビティな作業をする人たちである。ただ自分の言葉を垂れ流したり、何も考えずステージに立つのではなく、そこにいる自分という「アーティスト」が他人の目にどう見えるのか、作品がどう聴かれるのか、色々な角度から考えていると思うのだ。その点で、プロフェッショナルもアーティストも、他者に提供する商品にするのか、表現の手段なのか、という点において違いはあるが、「他者」の視点を確実に考えているといえる。

自己満足というのも一概には言えないが、ある程度お金を使えば、誰でも音楽を作り、人前で発表もできる時代である。ネットでの配信・CD制作や企画・ワンマンライブ等も、やろうと思えばお金を出したりすることである程度容易にできるのだろうが、それらに対して喜んでお金を払ってくれる人が身内や知り合いだけで、それでその人自身も満足するのであれば、それは単なる自己満足にとどまっているのではないか。いくらその知り合いの数の母体が多くても、それは単なる記念CDであり、記念パーティーのようなものと言う方が正しいのかもしれない。

TSUTAYAの宇多田コーナーのポップをみて、「クリエイティビティとポピュラリティ」を両方もつこと、つまり音楽においてアーティストであり、プロフェッショナルである人というのに、自分自身がとても魅力を感じるということに気づき、自分もいつかその両方を兼ね備えている音楽を作り出したいと思った。これを考えて音楽をやっていけば、少なくとも今よりは何段階も上のレベルの音楽になるだろう。やるべきことはたくさんあるのだ。
スポンサーサイト



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

>吉塚さん

先日は、本当にありがとうございました。つたないつぶやきですが、ブログも見てくださってすごく嬉しいです!

すごく興味深いお話です。私も音楽は他の芸術と同じように、聴き手がもっている現実とは別の世界を提供して、
違う世界に連れていってしまうような、ファンタジーの要素があると思っています。そしてまた別の面では、曲の中の主人公や世界観に自分を重ね合わせて、その世界を「自分のもの」と思っている聴き手に、現実のカタルシスを感じさせ、救いや癒しになるような側面もあると思います。そして単純にリズムやサウンドで身体的、精神的高揚へといざなうような側面も。あるいは、このどれもがファンタジーともいえるのかもしれません。

私は音楽に小さい頃は深い意味を考えず、リズムやサウンドに身を任せ、大きな声で歌うことに喜びを感じていましたが、いまは言葉の力や歌だからこそ伝えられるものがあると思っています。自分が曲を作ったり歌う立場になってから、聴き手に何を提供するかということを考えるようになってきました。私は音楽に色々なものを与えられ、教えられてきた分、僭越ながら自分も少しでも他の人に音楽で恩返ししていきたいと思っています。

まだまだ音楽に関して分からないことだらけですが、これから先も自分なりに音楽と向き合っていきます。またぜひお話きかせてください!

プロフィール

神楽サティ

Author:神楽サティ
神楽サティ(かぐらさてぃ)と申します。
シンガーソングライターの端くれをしています。R&B、Rock、歌謡曲などを含んだ「ポップス」を目指して、現在ライブハウスで活動中。主に気まぐれなつぶやきですが、よかったらのぞいていって下さい。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR