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2015-06-30

やりたいこと

最近、本屋さんにいっては本を貪るように買っている。
よく女の人がストレス発散で服をたくさん買って、ほとんど着ないで終わるってゆうけど、私の場合も読書量が全然追いついてないのに買っている。それ以上の本を手に入れている。しかも小説は一冊もなくて、その中の一部は自己啓発とか、文章や話し方とか、エッセイとか、音楽関連のものとか、デザイン系のものとか。
今すぐ読む訳ではなくても、本の前で立ち止まり、もう二度と会えないかもしれないと思うと、今ここでのインスピレーションを大事にしたいと思ってしまい、結局どんどん興味の断片が溜まってくるのだ。

全然本を読まない時期もある。音楽も全然聴かない時期も多々ある。私には年間を通してずっとやっている「趣味」みたいなものがない。だけど今は自分の中に足りないものを埋めたくて、自分が抱えているもやもやの答えを知りたくて、また自分で新しいことをしてみたくて、その衝動が私を本へと向かわせているのだろう。


また最近、私って本当は何がしたいんだろう?って考えるようになった。昔から考えて入るけど、このごろそれはもっと具体的な形として実現したいと思うようになって、自分の好きなことや得意なことを仕事にできたらどんなにいいかと。そうやってやりたいことを仕事にしている人は少ないだろうし、やりたいことをするにはそれを趣味にしてでも、やりたいことではないことを仕事として頑張ってちゃんと報酬を得ることで、その人のやりたいことが成り立つようにしているのかもしれない。

今自分がやってることは、やりたいことなんだろうか。
仕事にしても音楽の活動にしても。
自分がやりたいことや、なりたい姿につながっているんだろうか。

もっと根本的なこと。私は将来どうなりたいのかを考えてみた。今までよりも、もうちょっと細かく想像してみた。何をしていたら満足できて、何をしていたら自分の人生が充実するだろう。


その答えはちょっと意外かもしれない。

私は小さいときから「歌手」になりたくて、漠然とではあったけど、歌手というものの存在を知ってから歌手を志すようになった。だから、歌を歌うことは私の一つのアイデンティティであり、生き甲斐ではある。この夢は年齢を重ねるにつれ、その目指す形は変わっているけれど、歌を歌うことで何かしたいという想いは変わらない。最初は、ただ目立つ存在になって、有名になりたかったのかもしれない。キレイな衣装を来て、大きな舞台で歌っている華やかなスターへの憧れだったかもしれない。
ただ、今でも忘れられないのは、大きな舞台でシンガーの歌が多くの人を感動させる姿が私はこの世で一番かっこいいものだと感じ、私にはこれしかない、これが私のすることなんだ、と思ったことだ。だから、歌を歌うことは私にとって自己満足ではなく、、人に何かを感じさせることで初めて意味があるものになる。ただ歌が上手くて、それを誰かが聴いてくれて、聴いてもらったということで自分が満足するだけなら、発表会で十分だ。だから逆に言えば、人に何かを伝えたり、勇気づけたり、癒しに鳴ったり、高揚させたり、感動させたりすることができるなら、私は歌ではなくてもいいと思っている。だから今の私は歌手ということだけにはこだわっていない。
というと、歌を諦めたというふうにも聞こえるかもしれないが、歌はあくまで一つの手段であって、私ができることで人に何かを与えたり、何かを感じさせたりできるのであれば、歌以外のことにも挑戦してみたいと思っている。

そしてその一つが、「文章」なのである。もちろん、自分が「作家になれる」とかそんな野暮な夢を抱くほど、私もアホではない。ただ、あらゆるツールや娯楽やらの中で、最も自分自身が感動できるツールというのは、人の歌った歌、そして人の書いた文章であるということに気づいた。

何をどうしたいかはまだまだ模索中であるが、人の人生に文章で関わってみたい。
自分の人生を文章に表すことで、誰かの人生に何かを与えたり、何かを感じてもらえたり、何かの光を持たせられるなら、私は自分の中のものを隠すこと無く削り出していきたいと思う。

ちなみに私の好きなテレビ番組は、音楽番組よりもどちらかといえばドキュメンタリーとか人の人生をかいま見ることの出来るものの方が好きで、
もし自分が出られるなら、紅白とか音楽特集とかより、どちらかといえば情熱大陸とか徹子の部屋の方がいいと昔から思っている。

あ、もちろん音楽番組で好きなアーティストと共演できるならそれも最高だけどね。

そう考えると、私は「歌がやりたい」というのは、一部では正解だけど、根本的には若干違うのかもしれない。


なんだか音楽活動をしていて、「これは本当に私のやりたいことなのか?」って感じることが多かったけど、この自分のやりたいことのベクトルを見失うと、それはただ単に自己満だったり、自分の目的とは違うことへの投資になってしまうんだろう。

要するに、歌にしろ、文章にしろ、はたまた他のことにしろ、私が憧れるのは「人として魅力があり、人として興味深いものをもった人」なのである。
歌が上手くて、CDが売れていたとしても、人間がうすっぺらい人というのは私の目指す姿ではない。
人として面白い人の歌には、説得力があり、人として魅力的な人の文章には惹き付けられるものがある。
そしてそんな人の周りにいれば、人は幸せになるかもしれないし、救われるかもしれない。

有名になるってゆうのも、所詮、その影響力が大きいかどうかってこと。
有名で周りに人がたくさんいても、自己満足の歌と文章しか生み出せないのであれば、
たった一人や数人に希望を与えられる歌や文章の方が、圧倒的に価値がある。

私はたぶん順番を間違えていた。
知名度を上げることや、有名になることや、フォロワーを増やすことは、一つの手段だけど、
中身がないままでは、それすら空々しい。

有名な人や成功者というのが魅力的とは限らない。
成功しているかどうかに関わらず、人知れず苦労したり、何かを悟ったり、自分のスタイルを見つけてそれを貫いている人というのは、それが他には無い魅力になるんだろう。

まだまだ時間はかかるんだろうけど、これが人生で私がやりたいことだと思う。

結局ただのまとまりがない文章。まだまだだな。

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プロフィール

神楽サティ

Author:神楽サティ
神楽サティ(かぐらさてぃ)と申します。
シンガーソングライターの端くれをしています。R&B、Rock、歌謡曲などを含んだ「ポップス」を目指して、現在ライブハウスで活動中。主に気まぐれなつぶやきですが、よかったらのぞいていって下さい。

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